カスミさんと

Architect Panelize、カスミさん宛て

2001年6月1日

カスミさん、
 ご無沙汰しています。島田荘司です。お元気でしょうか。横浜のオフ会でお会いした時のことを、懐かしく思い出します。あなたに関する書き込みを、「奇想の源流」だったかのBBSで拝見しました。数学が得意なのだそうですね。将来はどんな方向に進むのでしょう。
 このたびは、「パロサイ2」のために力作を書いていただき、ありがとうございました。大変面白く読みました。この作品、本文で石岡先生も触れていますが、戦前の探偵小説とか、戦後の高木彬光さんの小説を読むような、理系のセンスを感じました。昔は理系の人とか医者が、割とよく探偵小説を書いてくれていました。カスミさんの将来も、楽しみにしていますよ。何か協力できることがあれば言ってください。 作品、今改稿している最中と聞いて期待しています。庚さんの方をはずさざるを得なくなり、大変心配していたのですが、これが共作だったと聞いて、大いに安心しました。庚さんの「ホシトヨル」もなかなか面白かったのです。通常なら収録されたのではないでしょうか。でも今回は、どうにも力作が多かったのですね。
  島をどうしても沈めたいとのこと、なかなか大変であろうと思います。南雲堂の人には言ったのですが、主人公の青年が、横浜までの帰りの船の中で見る夢とするのが最も安全ではあります。が、たぶんあなた方はそれでは満足できないでしょうから、島が火山性の隆起であったことを前半に断っておき、火薬の人工的な爆発に誘導されて島の休火山が噴火してからは、地震や大波が起こって、洋上に逃れた船は危険なまでに揺さぶられる、といった現象などを意識ながら描いてもらえれば、信じられる表現に仕上がるのではと予想しています。
 アメリカ映画の人たちは、リアリティなどということは絶対に言いませんが、ビリーヴァブル、「信じられる」、という点は重要視します。そのための手続きは怠るな、という意味ですね。タイタニックでも、沈むまでに何時間もかかっています。短時間で島を沈めたなら、大きな津波などは当然起こりそうですね。このあたりの配慮は必要なことです。
 それから建物が転がる点についても、南雲堂の人から聞いたでしょうか。90度以上転がらないために壁にストッパーを付けておくとか、床を回すためのモーターや、生活機能のための動力部を、サイコロの外部にいっさい出さない設計にしておけば、そして爆薬に接している建物底部には、厚い鉄板を貼っておくなどすれば、底部のモルタルなどが破裂によって崩れず、うまく90度だけ転がるのではと思います。
 そのためには、床を回すメカは、心棒を介しての通常のモーターや、エンジンと歯車によるのではなくて、オートフォーカス・カメラが使っているリング・モーターの巨大版を利用すれば、うまくメカがサイコロ内に収まるのでは、と想像しています。そして建築家は、自殺のため、建物底部に埋設している爆薬に点火するためのリモコン装置を、いつも肌身離さずに持ち歩いている、ということにすればどうでしょうね。こういった方向にきちんと気を使ってもらえるなら、「アーキテクト・パナライズ」は、さらに傑作となるように思います。しかしもう書いてしまっているのなら、これらは気にしなくてもいいですからね。これはあくまで参考意見です。
 今回メイルしたのは、実はお願いがあったからなのですが、以下は、是非受け入れていただきたいことなのです。必要なら書きかけの小説原稿を送ってもよいのですが、今回の「パロサイ2」は、飛島に建っている廃ホテルの地下にある開かずの部屋をいかにして開くか、というゲーム趣向を持った小説になります。収録作品のうちの主として3作品が、謎解きの大きなヒントになっています。ヒントであるということは、小説が置かれていた部屋に付いた色の名前で示されます。その三色の色は、韓国語で書かれたある童話のパロディーの中に、埋まっています。そしてその三色というのは、金、銀、黒です。
 この3作には、あなた方の「アーキテクト・パナライズ」も含まれています。のみならず、できることなら最も重要な作品の役を担って欲しいのですね。すなわち、「ゴールドの部屋に置かれた小説」になって欲しいのです。今そのあたりを書いているのですが、お願いというのは、そりために、作中にゴールドの印象を入れて欲しい、ということなのです。可能なら、こうお願いしたいのですが、サイコロ型の建物の外装を、ゴールドに塗ってもらえないでしょうか、ということです。
 ただそれだけでいいですね。これだけの描写によって,、この作品が非常に重要なキーの1本であることを、読者に示すことができるのです。つまり「アーキテクト・パナライズ」を含む、3作から4作の作品を分析、総合することによって、開かずの部屋は開くことができる、という趣向です。
 作中、たとえばサイコロ型の建物の内部の部屋にゴールドが出てきてもよいのですが、やはりこの天才建築家の生涯最後の建物が、平泉の金色堂にも似て全身ゴールドであったというふうが、最も強烈で、印象深いと思うのです。
 しばらく考え、是非受け入れていただけないでしょうか。このようにできるなら、パロサイ2は、すべてがうまく行くのです。質問があればください。ではひとつ、よろしくお願いします。

島田荘司。

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