2001年2月19日のMail。
リンコさん、
非常に魅力的な設定であると思います。むろんこれはミステリーそのものです。幻想的絵画のイメージで、面白く読めるものとなるでしょう。しかし、長くなりそうですね。200枚は行きそうです。これはリョウさんがやはりそのくらい書きましたからね、今度のパロサイは上・中・下の3巻にして、中をリョウ、リンコの2人組特集とするのもよいでしょうか。
行き詰まる理由はいくつもありますね。あなたのものは多く文芸体質の発想と、ストーリーなので、それが御手洗、石岡組という既成ワクにうまくくっつかないわけですね。常にひと加工がいるわけです。本来はこれだけで完結したがっているお話なのですから、これをもうひと展開転がすのが億劫になります。
これまでは、ワンポイントでうまく石岡君あたりとくっついてくれたのですが、今回は構造的な計算が必要になったということでしょう。石岡君が当事者の幼馴染といったようなことにするだけでは、問題点が他にも残るし、それにこの深刻な様子に、あの石岡君が最初から関わっていたとするのは、いくぶんかなじまなく感じられます。この事件はもっとずっと根深いでしょう。
しかしこのアイデアを文芸ものとして完成させて賞に投じると、ある美の定型を内包しているだけに、審査員の威張ったおじさんおばさんが何を言うか、少々読めてしまいます。ここはこのアイデアを美しく展開して、御手洗のパスティーシュとして活字にするのは、誤った判断ではないと思います。
それから、事故があった中学そのものに主人公が教師として赴任してきてしまうと、古参の教師たちなどからあれこれと当該事件の情報が入りそうで、まことに散文的に事が割れそうな恐れがありますね。小夜子は生きているという事実などですね。このあたりもあんまり考えると、筆が止まりそうです。それとも学校ぐるみで隠していたのか。とすれば、奈々子が赴任して来るのに抵抗しそうですね。
いずれにしても、探偵小説であり、パスティーシュなら、楽しまなくてはいけませんね。これを探偵趣味の読み物とする方法は、いくつも考えられるように思います。でも私があれこれ決めない方が良いと思います。考え方の方法とか、具体例を参考として示してみます。
ここまで出来ている文章をそのまま生かす形で本格寄りとするなら、主人公奈々子が、物語最初ですでに別の事件を起こしてしまっている、とするのがひとつの楽な方法ですね。冒頭で新しい事件を語ってしまう。現在の物語の外側に、もう一つの箱を作って、これで囲うということです。これをどこまでの事件にするかは計算ですが。
たとえば奈々子がすでに入院しているとか、警察に留置されているとし、しかし奈々子自身にも自分の成した行為の訳が不明である。あるいは記憶が不確かである。そこで彼女の身内か親友から、御手洗・石岡組に解明の依頼が来る、とするオプション。
もしくは、彼女に故意か偶然かは解らないが、危害を加えられた人物が、その理由が解らずに2人に相談をしてくる、というオプション。
春名小夜子が、奈々子かその周辺に対して事件を起こす、現在の小夜子にはそうする理由が出来ていた、とする。
まだまだ考えられるでしょう。こういうところから物語をスタートするわけです。そして奈々子が何故こんな行為に出たのかの謎解き、という物語構造を持たせる。
いずれのケースでも、当事者の奈々子に御手洗、石岡が会ってみても、全然話が要領を得ない。ある種の幻想が彼女を駆り立てていた、という程度の事実がおぼろに解るばかり、そして捜査を続けるうちに、彼女のこの文章が、解明の材料として現れてくる、という行き方。
もうひとつ、この物語が完成したがっている方向性の重大な因子として、事件当時奈々子が描いていた「油絵」というものがありますね。理科室の薬品棚のところに忍び込んでまで、奈々子はどんな色の発色を欲していたのでしょうか。陶工柿右衛門でしようか。この発色によって、彼女は何を描こうとしていたのでしょう。どんな構図の絵の制作途中だったのでしょうか。
そしてこの絵は完成したのでしょうか。奈々子がすぐ熱を出したのなら、たぶん未完成でしょうね。ではこの絵はどこに行ったのでしょう。今はどこにあるのでしょう。
奈々子の誤った記憶の刷り込みは、この絵によっても起こっているかもしれませ
ん。というより、絵の構図が無関係とはちょっと思えませんね。
普通に考えれば、桜を描いていた可能性は高いでしょう。それから小夜子先生です。では桜や小夜子の、どんなところを奈々子は描いていたのでしょう。
奈々子のこの絵を探し出せば、事態の構造は一挙に見えてくる、という劇的な仕掛けにできる可能性はありそうですね。
桜の下に立っていたのは男なのか? ではこの男と、小夜子の関係は? 絵は小夜子が持っているかもしれませんね。では何故小夜子はこれを隠し、自分が保管したのか(そうしたとすれば)。
最初に事件を起こさずにもって行く方法もないことはないでしょう。奈々子は、この学校で当時の自分の絵画捜しをやる。ついにそれをどこかで見つける、その過程で生きている小夜子も発見する。しかしこれでも、もう一つ事件は必要でしょうね。
絵画が出てきた、ここに描かれていたものは、桜と石岡君! ではあんまり面白くない、小夜子と逢引していた男? それもむずかしいでしょう。子供の奈々子が描くのですから、やっぱり憧れの小夜子先生が自然に思えます。
すると小夜子は、ひょっとして桜の下に立っている自分を描かれたくなかった?
何故?
それは理科の教師と逢引していたから?
2人の合図は、理科室の下の定められた桜の木の下に小夜子が立つことだった?
当時小夜子は何故あんなに逆上した?
とりあえず今はこのくらい言っておいて、必要なら、あなたがさらに何か言ってきて下さい。つまりこれらのどれかを選択するか、それともこれを参考にして、別の条件を決めるか。そうしたら、この先を言いますから。でももうこれ以上は必要なく、もうすっかり書けるということならそれでいいですけど。では頑張ってください。
島田荘司。
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