SOMAさん宛て

2001年8月5日、SOMAさん宛て

 SOMAさん、

 メイル受け取りました。あらすじ、興味深く読みました。なかなか面白いと感じます。ただこのSF的内容を説得するには、かなりの文章力が必要かなと思われる点、そしてあなたはユニークな物語進行と感じても、評価する側にとって、これまでに何度か読んでいる情緒的なパターンと感じてしまうようなものでなければよいがな、ということを心配しました。過去、高木彬光さんのものに、少し似た行き方のものがあります。
 うまくつじつまが合い、着地も決まるならば、今度の賞に落とされても、文章を修行するうち、出版に値するかたちに磨かれる可能性はあります。候補作にさえなっていれば、一緒に磨けば、出版はまずどこかでできるでしょう。
 賞は水ものですから、あまり信頼したり、期待したりはしない方がよいです。いかに自信作でも、また、実際にジャンルにとって価値があるものでも、候補作まで昇ってこないということはしょっちゅうあります。しかしそうなったら、出版には時間がかかることになります。
 時に言われることですが、世に遺るような大きな作品は、みんな賞を取っていないとも言えます。が、これらは候補作にはたいていなっています。
 言われるようなテーマで、パターンに堕すことをしていず、本格としての仕掛けや見せ方に前例がなく、うまくつじつまがあっていて、しかも裏に横たわるテーマが重く、価値があるものなら、候補作から落ちても、乞われるなら時間を見つけて読みましょう。事実よいものなら、必ずしかるべき対処をします。
 しかし候補作からも落ちたとなると、こっちがいくら頑張っても編集者がなかなか読みたがりませんから、大いに時間がかかることにはなります。たとえ編集者によいと言わせても、これは2作目にしたいから、別のものをまずは書いてくれ、と言われることもあります。これは、候補作からも落ちたとなると、たとえ良いものでも編集会議を通りにくいからです。政治的な問題が発生するわけですね。お金をかけて名のある作家を集め、読んでもらったのはいったいなんだったのだ、ということになります。つまり候補作からも落ちた作品を読めと言われることは、近い将来、こういう厄介が起こることを、編集者に考えさせるわけです。

 私自身これまで、いろいろと首をかしげるような目にも遭っているんですよ。私の提案や呼びかけにはいっさい興味を示さず、私が、こういうようなものはよくないのだとはっきり言っているような、解決部までがパターン依存の「図付きの密室もの」をこっちに送りつけ、もう読んだかの矢の問い合わせ、私は執筆に忙しく、ほかにも送られてきている作品があるということなどまるで眼中になく、私に送ればすぐ本になるものと、勝手に妄想が膨らんでいる人がいました。
 最初は尊敬しているだの、ずいぶんとこちらを持ちあげた言葉使いだったのですが、私が出版社を紹介しなかったら途端に態度が変わり、新本格の紹介など全部嘘だ、原稿を早く送り返せ、胸は怒りでいっぱいだ、とか、さんざんに罵倒の言葉を書いてきました。
 まあここまでの人はさすがにこれまで一人ですが、あまりに世に出るための郵便ポストみたいに私を考えて連絡すると、危険です。私の住所に放り込めば、みんなすぐに本になるというわけには行きません。全員をデビューさせてあげることは物理的に不可能です。これまで私に原稿を送っても、本にならなかった人は、実はたくさんいるんです。
 またパロサイなどに協力してくれて、付き合いが深くなっている才能も大勢います。これらの人を押しのけるには、やはり相当作品の水準が高くないとまずいです。パロサイを読んでみてください。みんな大変に上手ですよ。ともかく、駄目なものは駄目というほかはありませんから、これだけはしっかりと心得ておいてください。
 とはいえ私は、よい作品はどんどん本にしてあげ、書けなくなったら別の仕事についてもらうというのが、ジャンルの活性化にはいいと思っています。今の日本は、鋭いものが書けなくなった作家たちが圧力団体を組み、生活の保証を出版社に要求するというようなことが繰り返されていて、ジャンルの足を引っ張っています。
 ともかく、オフ会などで会えるようなら、またお話しましょう。作品、候補作まであがってくることを期待しています。

島田荘司。




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