岩波明さんと

切り裂きジャックに関してのやり取りをご紹介します。

2003年2月20日のMail。

岩波先生、

 切り裂きジャックに関して、取り急ぎ質問です。
 「切り裂きジャックとホワイト・チャペルの殺人」の翻訳文、ざっと読ませていただきました。ありがとうございました。まだ完全に読み込んではいませんが。
 穴井さんからも、コーンウェルの著作の内容について、報告を受けました。これによると、《切り裂きジャックの手紙の1通に貼られた切手》の唾液から、ミトコンドリアDNAが検出され、これが画家シッカートのDNAと一致した、というこれが最大の根拠と読めます。
 これは画期的なことで、これまでの研究の中では最大の発展と言ってもいいのですが、これでは材料がまだ不足です。何故なら、「切り裂きジャックの手紙」とされるものはたくさんあるからで、その多くは悪戯とはっきりしています。コーンウェルさんのものは、「それらのひとつをシッカートも書いた」、という証明でしかないからです。

 これらの手紙の中で最も重要なものは、「切り裂きジャックとホワイト・チャペルの殺人」の中の、《資料12》であると思います。これはラスクに宛てた小包に同封されていたもので、被害者の腎臓の一部とされるものと一緒に郵送されているからです。「腎臓の一部を送るぜ、残りはフライにして食っちまったぜ、なかなかいける味だったよ」といった内容のものです。
 この小包の切手の唾液から取れたミトコンドリアDNAが、シッカートのものと一致したのでしょうか。そうならこれは相当に決定的になります。この手紙の文字は、他の手紙とはあきらかに筆跡も異なります。本物の犯人からのものである可能性は高いものです。
 しかしこれでさえ、資料によれば「入っていた腎臓は人間のものとされた」といわれるだけで、「人間のもので、しかも被害者のもの」、とは断定されないふうです。
 とすれぱこれも、現在の視点からは悪戯である可能性は少し残りますね。

 上記の点、ちょっとお教えいただけないでしょうか。コーンウェルが言っている手紙というのはどれでしょうか。それによって、また少し考えてみます。

島田荘司。2−20−03


2003年2月21日のMail。

島田先生

 ご連絡、ありがとうございます。「透明人間」、進行の方はいかがでしょうか。
「上高地の切り裂きジャック」の刊行、楽しみにしております。また「Pの密室」は、知人に宣伝し、売上(?)につとめております。

 さて、コーンウェルの著作の件ですが、ざっと読み返してみました。コーンウェルはロンドンの公文書館にあるジャックの手紙から55件(55通かどうかは不明です)を検査し、これをアメリカの研究施設において、シッカートの手紙などのサンプルと比較しました。この結果、ジャックの手紙2通と、シッカートの手紙2通から同一のミトコンドリアDNAを検出したと述べています。(ちなみに、ロンドンの公文書館はインターネットでアクセスが可能で、当時の警察資料などの閲覧ができます。)
 このうち、ジャックの手紙の1通は、1888年10月29日の日付で、ロンドン病院のオープンショー博士あてのものです(もう一通に関しては、詳細は明らかにされていません)。この手紙は島田先生のおっしゃる資料12と同一ではないですが、その内容を受けた直後の手紙です(コーンウェルはこれをジャックの手紙と断定しています)。

 内容は、以下のようなものです。

やあボス、あんたのいったとおりあれは左の腎臓だぜあんたの病院のそばでまたやらかそうと思ったんだがね・・・(以下、略)

 資料12とこのオープンショー博士への手紙の筆跡の比較に関しては、少し検討してみます。

 真偽はともかく、シッカートというのは、なかなか興味深い人物で、少し調べてみたくなりました。また何か情報がありましたら、メールします。原書房の石毛さんには、進行状況に関して、メールを出しておきました。
 それでは、ご検討ください。

岩波明。2−21−03


2003年2月21日のMail。

岩波先生、

 非常に興味深いですね。ラスク氏に宛てたものも、確かに勢いのある筆致で、画家が書いた字、ちょっと絵画的な字体、という感じはします。オープンショー博士宛てのものと、筆跡はかなり似ているのでしょうか。

 しかしどうもまだ、ちょっと釈然としませんね。まず、小包の方は切手を舐めず、オープンショー博士宛ての手紙の切手は、自分で舐めたのでしょうか。舐めるのなら、両方舐めるような気がしますが。
 当時、DNAはまだ発見されていませんが、唾液から血液型は検出されなかったのでしょうか。それはないと思うのですがねー。少し気の利いた犯人なら、切手を舐めるのは、血液型を知らせかねないので危険だと思うような気がするのですが。まして医学者に送る手紙なのですからねー。

 それからこのオープンショー博士宛てのものには、「秘密の暴露」がないように思うのです。犯人だけが知る事実。まあ「左側」というのがそれにあたるかもしれませんが。
 犯人なら、いくらでも個人的なことが書けるように思うのですがね。切り口の形状だの、どうナイフを操ったかだの、現場に誰それが1番に来ただの、あとオレは子宮もまだ持っているぜとか、発表されていないような情報ですね、これがこれらを含んでいればいいのですが。どうもこのくらいの短い簡単な手紙なら、誰にでもすぐに書けそうに思うのですがね。むろんあまり踏み込んだこと言うと、危ないということはあるでしょうが。どうも手紙なるものの大半は、眉唾のように思えるのです。

 それからこのオープンショー博士宛てのジャックの手紙は、これまであまり知られていませんよね。これは何故なのでしょうね。

 またこの手紙は10月29日、以前のラスク氏宛てのものは10月16日、13日も経っていますね。充分考える時間はあったでしょうねー。翌日とでもいうなら、かなり信じますが。
 この間に、ラスク氏宛ての手紙の内容などの情報は、世間に公開されてはいないのでしょうか。要はこれにかかってくるように思います。大々的に新聞記事になっていなくても、記者連中は知っていたとか、警官の家族や関係者には漏れていたとか、そういうことがあれば、周辺にいてこの情報を手に入れた者は、悪戯をやりたいという強い誘惑にはなるでしょうね。

 さらに、シッカートというのは、割合に有名な人ですね。これにもやや首をかしげます。これまでの説は、多く名のある人、地位ある人から犯人を選びがちです。
「三浦事件」もそうでしたが、どうしても小説的な処理(これまでの登場人物から選ぶ)をしたくなる心理が働きます。
 シッカートは有名人だから、たまたまミトコンドリアDNAが残っていたのではないでしょうかね。そうなると、これらのおびただしいジャックの手紙の中に、有名人のDNAと一致するものは今後もまだまだ探せそうですけれどもね。ジャーナリスト、無名、有名の作家、戯作者、コメディアン、ジェローム・K・ジェローム、ビアズレーだのオスカー・ワイルドなどもやりそうですが。まあ時代がどうだったか、今は点検せずに言っていますが、これらの人たちがジャックの手紙を書いていないのは、《やっていないから》ではなく、その手前で、《彼らのDNAが見つからず、まだ照合できていないから》ということでもあるように思います。あれだけの有名事件なんですからね、みんなが参加していても不思議はない。当時の大騒ぎは、今はもう想像もつかないことでしょう。

 資料6の絵葉書に、血が付いていますね。この絵葉書は紛失したらしいですが、これに血が付いています。これなどは、被害者の血液型との照会などはなされたのでしょうかね。

 まあまたメイルします。また何か解ったことありましたら教えてください。なんだか、これで対談してもいいですね(笑)。

島田荘司。2−21−03


2003年2月21日のMail。

島田先生

 レスが遅れて申し訳ありません。

>  非常に興味深いですね。ラスク氏に宛てたものも、確かに勢いのある筆致で、画家が書いた字、ちょっと絵画的な字体、という感じはします。オープンショー博士宛てのものと、筆跡はかなり似ているのでしょうか。

 10・16のラスク氏あての手紙と、10・29のオープンショー博士あての手紙の筆跡は、写真でみる限りかなり似ていますが、同一のものとまではいえません(調べた限りは、この両者の筆跡を比較した資料は見つかっていません)。

>  しかしどうもまだ、ちょっと釈然としませんね。まず、小包の方は切手を舐めず、オープンショー博士宛ての手紙の切手は、自分で舐めたのでしょうか。舐めるのなら、両方舐めるような気がしますが。当時、DNAはまだ発見されていませんが、唾液から血液型は検出されなかったのでしょうか。それはないと思うのですがねー。
少し気の利いた犯人なら、切手を舐めるのは、血液型を知らせかねないので危険だと思うような気がするのですが。まして医学者に送る手紙なのですからねー。

 コーンウェルの著作では、55件のジャックの手紙のサンプルを検査したとありますが、この問題の10・16の手紙を扱ったかどうか、記述はありません。またサンプルの血液型についての、記載もないようです。このあたりは、コーンウェルは都合の悪い結果は、記載しなかった可能性があると思います。

>  それからこのオープンショー博士宛てのものには、「秘密の暴露」がないように思うのですが。犯人だけが知る事実。まあ「左側」というのがそれにあたるかもしれませんが。犯人なら、いくらでも個人的なことが書けるように思うのですがね。切り口の形状だの、どうナイフを操ったかだの、現場に誰それが1番に来ただの、あとオレは子宮もまだ持っているぜとか、発表されていないような情報ですね、これがこれらを含んでいればいいのですが。どうもこのくらいの簡単な短い手紙なら、誰でもすぐに書けるように思うのですがね。むろんあまり踏み込んだこと言うと、危ないということはあるでしょうが。どうも手紙なるものの大半は、眉唾のように思えるのです。

 仁賀さんは、切り裂きジャックについて詳細に論じた「ロンドンの恐怖」の中で、この10・29の手紙をいたずらではないか、と書いています。
 しかし、JACK THE RIPPER -AN ENCYCLOPAEDAI (John J Eddleston)によれば、この2通の手紙は、筆跡が類似している点、本来は語彙力があるのに、わざとスペルを間違っている点が共通していることから、同一の筆者ではないかと推測しています。

>  それからこのオープンショー博士宛てのジャックの手紙は、これまであまり知られていませんよね。これは何故なのでしょうね。

 いろいろ資料をみてみますと、ジャックの手紙で有名なのは、この「切り裂きジャックとホワイトチャペルの殺人」の資料となっている3通(「ボスへの手紙」、「小粋なジャック」、「地獄より」)で、10・29の手紙は1ランク重要性が落ちるものとして扱われているようです。しかし、前述のJohn J Eddlestonの著作には前文が引用されており、それなりに注目はされているようです。

>  またこの手紙は10月29日、以前のラスク氏宛てのものは10月16日、13日も経っていますね。充分考える時間はあったでしょうねー。翌日とでもいうなら、かなり信じますが。この間に、ラスク氏宛ての手紙の情報は、世間に公開されてはいないのでしょうか。要はこれにかかってくるように思います。大々的に新聞記事になっていなくても、記者連中は知っていたとか、警官の家族や関係者には漏れていたとか、そういうことがあれば、周辺にいてこの情報を手に入れた者は、悪戯をやりたいという強い誘惑にはなるでしょうね。

 10・16の手紙については、時期は不明ですが、比較的速やかに一般に公開されたということです。問題の腎臓に関するオープンショー博士のインタビューが新聞に掲載されたとなっています。したがって、10・29の筆者は、10・16の内容については、すでに知っていたと考えられます。したがってこの手紙は贋作であるという可能性は否定できません。10・16の手紙そのものが、(筆跡もわかるように)公表されたかどうかは不明です。

>  さらに、シッカートというのは、割合に有名な人ですね。これにもやや首をかしげます。これまでの説は、多く名のある人、地位ある人から犯人を選びがちです。
「三浦事件」もそうでしたが、どうしても小説的な処理(これまでの登場人物から選ぶ)をしたくなる心理が働きます。
 シッカートは有名人だから、たまたまミトコンドリアDNAが残っていたのではないでしょうかね。そうなると、これらのおびただしいジャックの手紙の中に、有名人のDNAと一致するものは今後もまだまだ探せそうですけれどもね。ジャーナリスト、無名、有名の作家、戯作者、コメディアン、ジェローム・K・ジェローム、ビアズレーだのオスカー・ワイルドなどもやりそうですが。まあ時代がどうだったか、今は点検せずに言っていますが、これらの人たちがジャックの手紙を書いていないのは、《やっていないから》ではなく、その手前で、《彼らのDNAが見つからず、まだ照合できていないから》ということでもあるように思います。あれだけの有名事件なんですからね、みんなが参加していても不思議はない。当時の大騒ぎは、今はもう想像もつかないことでしょう。

 コーンウェルは、シッカートのほかに、サンプルが手に入った有力な容疑者であったドルイッドの資料などとの比較も行っているとのことでした。シッカートについては、島田先生のおっしゃるように有名人ですし、70年代ごろでしたか、シッカートの庶子と称するウォルター・シッカートが王室陰謀説を唱えたときに、シッカート自身も主犯ではないですが実行犯の一人として名前が出ています。

 コーンウェルの本では、はじめからシッカートを犯人として断定しすぎているように思えます。どうも、都合の悪い証拠を伏せてあるような、そんな感じもします(読み物としては、それでいいのかもしれないですが)。
 また何かわかりましたが、メールします。

岩波。3−23−03


2003年3月10日のMail。

島田先生

(前略)
 ところで、「上高地の切り裂きジャック」、昨日購入し、さっそく読了しました。
「切り裂く」理由として、このような合理的な解決を出してきた島田先生の手腕にびっくりしています。うーん、と唸ってしまいました。(以前の「切り裂きジャック百年の孤独」も、単なる猟奇殺人でない連続殺人でした)本家のジャックも何か「切り裂く」理由を持っていたのではと、ふと考えてしまいます。

 本音をいえば、もう少し御手洗さん、出てほしかったです。島田先生、ご苦労さまでした。
 それでは、また。

岩波。3−10−03


2003年3月10日のMail。

岩波先生、

(前略)
 「上高地の切り裂きジャック」に関して、ありがとうございました。なんだかすごく嬉しいですね。これは2週間くらいで軽く書いてしまったので、ほとんど何も考えていなかったのですね。原書房としては、この前の「セントニコラスのダイヤモンドの靴」のような、前振りの軽い短編というつもりで、言って来ていました。「山手の幽霊」を読ませるもの、という気分があったようですね。
 それはそろそろまずい、本気のものを書きますよ、とこちらが言っていたのですが、時間もなく、どこかに要求の気分残っていたかと思っていて、それが書いてみたらこっちの方が総合タイトル向きだなと思いはじめ、装丁もこれぱかりを意識したものになり、あれよあれよというまに前面に出て売りになってしまって、ちょっと具合悪いなという思いでいました。そう言ってもらえて、ずいぶん気が楽になりました。
 おっしゃるような発想、私も持っています。つまり、本家の英国のものも、常識(定着した前例発想)にとらわれず、別発想(むしろ保守本道の発想)での点検意識をもっと持つべきでは、と感じています。

 1、おびただしい「切り裂きジャックの手紙」なるものはすべてニセモノで、発生直後に竜巻のごとく巻き起こったこの洪水が、あの事件の質をすっかり捻じ曲げて決定づけ、真相を見えなくしてしまった、という可能性はあるのではないでしょうか。誰かが悪戯心で最初の偽手紙を出し、おびただしい追随者がこれに続いたということですね。そして真犯人は、実は1通の手紙も書いていない、という可能性です。
 今回のコーンウェルさんも、完全に手紙を本物と信じて推理と調査に着手しています。しかし手紙はすべて英国流の諧謔で、いわば外野からの野次の類であるわけです。
 私の予感としては、悪戯手紙の主の中に、将来著名人がさらに見つかる可能性はあると思っています。そもそも犯人が手紙を送ってきたということ自体が異常発想なのに、これがいかに多数派に信じられていようとも、そのまま同意しない方がいいと思います。ユダヤ人うんぬんの落書きが、手紙を犯人からの本物と信じやすくしたということではないでしょうか。

 2、犯人が単なる解剖マニアではなく、臓器を切らなくてはならない切実な理由を持っていた、という可能性。たとえばやんごとなき筋の保身、身や階級制度の保全といったこと、これはもっと考えてみるべきでしょうね。

 拙作未読のメンバーのため、ずばりは書けませんが、当時ピルはあったのか、なくなっている臓器は各被害者それぞれ何であるか、など、もう少し点検すべきでしょう。
(後略)

島田荘司。3−10−03




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