Vol.003
島田荘司先生。
夏も本番を向かえ暑い日ばかり続きますが、先生におかれましてはお健やかにお過ごしの事と拝察致します。この度は大変お忙しい中拙作にお気を止めて下さり、ありがとうございます。
さて、先日先生に教えて頂いた点を踏まえての考えが少しまとまりましたので、ご連絡申し上げます。
まずタイトルですが、先生がお考え下さった「天を行く舟」は言葉の響きが美しく、そして幻想的な光景が眼の前に広がるようで、とても魅力的なものだと思いました。「長瀞町の殺人」には仮題的な要素もありましたので、タイトルは「天を行く舟」でお願いできればと思います。また中村刑事を出して頂けるとの事、これはとてもありがたく、先生のご配慮に深く感謝致します。
ご心配下さいました犬が糸を切る場面ですが、一応まだ暗い時間帯である12月の午前3時半から4時に設定し、糸も黒いものであるとしたのですが、難しいようでしたら、牛乳を配達する人の自転車か、新聞配達の人のバイクが糸を切るという風に変えようかと思います。
秋島重治の娘の中国での殺され方、海老原の性格、中村さんとの関係などについて考えてゆくうち、非常に大雑把ではありますが全体的なストーリーといったものが浮かびましたので、以下に記してみます。
秋島重治が暮らす中国・長江支流沿いの小さな村に日本兵が現れたのは、昭和16年の事でした。村民が逃げられないよう村中の舟に火をつけた彼らは、いつものように殺戮と陵辱を始めます。
村のはずれに立つ秋島重治の家には岡部菊一郎、町田健蔵、浅見喬、長澤平吉の四人が乱入、秋島重治は留守にしていましたので、家には妻とまだ幼い娘のふたりだけです。四人は何度も妻を犯し、その横で娘は怖さに泣きじゃくります。それをうるさく思った岡部菊一郎が、娘を窓から思いっきり投げ捨てます。
秋島重治の家は川沿いにあり、窓の外からは対岸の岸壁が見えました。投げつけられた娘はその岸壁に激突、岩を血で真っ赤に染めた後にずるずると落下、途中木の枝に引っ掛かり、中空で首を吊るような格好となり、やがて首が切れて胴体もろとも川に浮かぶ岩の上に落下、岸辺は日本兵がつけた火により燃えさかっていましたので、そこで娘の死体は黒こげとなり、やがて川面で燃え尽きようとしている舟の上に落ちます。(あるいは秋島重治の娘は、四人の兵士に四度殺されたということにします。例えば町田健蔵が娘を岩に叩きつけて殺し、その死体の首を、岡部菊一郎が橋に通したロープに引っかけて中空へ吊り上げ、橋の上から浅見喬が首を切断、最後に長澤平吉がその死体を舟に乗せ、火をつけたとかです)
戦争が終わり、帰国を果たした秋島重治は、長い年月の末四人の居場所を突き止め、彼らが暮らす長瀞町へ移り住みます。
ある日、長瀞町の観光名所として名高い岩畳へ行った秋島重治は、そこで大きな驚きに包まれます。なぜならそこから見える荒川の景色が、中国の秋島重治が住んでいた家から見た風景とそっくりだったからです。驚きはそれだけではありませんでした。中国の岸壁は投げつけられた娘の血によって赤く染まりましたが、日本の岩畳から見る岸壁も、ちょうど同じような場所が真っ赤な色をしているのです。
その奇岩は秩父赤壁と呼ばれていました。
以後秋島重治は頻繁に岩畳を訪ねては、秩父赤壁が見渡せるあずまやに座り、復讐の計画を練ります。そして秋島重治は、あまりにむごい殺され方をした娘の死に方を四つに割り振り、それに見立てて四人を殺して行こうと決意します。
「長瀞の川を奴らの血で真っ赤に染めてやる」秩父赤壁を睨みつけながら、秋島重治はそう誓います。
やがて復讐が始まり、岡部菊一郎の死体が発見されます。しかし外傷もなく手足も縛られていない事から、これは奇妙な首吊り自殺と判断されます。
この時期、中村刑事は休暇中で、妻の実家である秩父市に帰省していました。そしてこの話を聞き、自殺という判断がどうにも腑に落ちず、聞き込みも兼ねて告別式が行われている斎場に向かいます。(あるいは中村刑事の妻の実家が岡部家と懇意にしていて、病弱な妻の代わりに中村刑事が告別式に出席、この事件を知るという風にしたほうがよいかも知れません)
告別式の場で海老原と知り合った中村刑事は、穏やかでどこか茫洋としたこの青年が気に入り、また海老原も中村刑事に好意を抱き、以後ふたりは共に事件に当たる事となります。
復讐は続き、町田健蔵、浅見喬が殺されて行きます。捜査を進める中村刑事はこの頃から、海老原が鋭い洞察力と非凡な閃きを持っていることに気が付きます。しかし海老原はこういった捜査に不慣れですので、その能力をうまく発揮できずにいます。
やがて秋島重治と長澤平吉の死体も発見され、その犯人として岡部英信が逮捕されます。岡部英信が罪を認め、彼の部屋から物的証拠が出た事もあり、事件は岡部英信が秩父地方の民話に見立てて五人を殺害したという事で解決します。しかしこの決着に納得が行かない中村刑事は、海老原と共に地道な聞き込みで丹念に事件を洗い直し、時に海老原の閃きに助けられながら五人の人生を遡り、ついには真相へと辿り着きます。
以上、あらすじと呼べないような拙いものですが、今後作品を練り上げて行く上でのたたき台になれればと思いご提案申し上げました。また、先生が危惧されていましたように、この段階で漢詩が重荷となり始めましたので、思い切って物語から外してみました。ご検討の上、ご教示頂ければ幸いです。
乱文長々と書き連ね、失礼致しました。
末筆ながら先生の今後のご活躍を、心よりお祈り申し上げます。
小島正樹拝。
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