南雲堂刊、『天に還る舟』のできるまで

天に還る舟に関してのやり取りをご紹介します。
>>これを読まれるのは、作品を読まれてからにすることをお勧めします!<<

Vol.006

島田荘司先生。
日本は夏が戻ってきたかのような残暑が続いておりますが、L.Aはいかがですか。先生におかれましてはお健やかにお暮らしの事と拝察致します。
 さて、メイル拝読致しました。お忙しい中拙作にお気をお留めくださり、本当にありがとございます。貴重なアドヴァイスを賜りましたこと、とても嬉しく思います。
 賜りましたご指導、ご教示に沿ってさらにあらすじ等を考えてみましたので、ご連絡申し上げます。拙いもので恐縮ではございますが、お目通しを頂きご教示を下されば幸甚と存じます。
 末筆ながら、季節の変わり目の折、ご自愛専一のほど願いあげます。
 小島正樹拝。

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 ご心配くださいました登場人物の名前ですが、長澤由紀子を長澤香織に、刑事の一人である仲村秀平を川島秀仁に変えようと思います。先生の御著作は繰り返し愛読させて頂いておりますので、それで同じ名前になってしまったのだと思います。お教え下さりありがとうございました。

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 一年に及ぶ「火刑都市」事件の解決をうけて、妻の実家で休暇を過ごしていた中村刑事が、告別式で奇妙な自殺者の話を聞き、その後第二の殺人が起こるという場面までは、先生のご指導のおかげで大筋がまとまりましたので、さらに細部の筋を考えようと思います。その際、長澤香織は旅館で働いているということにしようと思います。

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 第三の殺人につきましては、先生がおっしゃるように、より完璧に殺傷できるような「首跳ね装置」を考案するか、あるいは失敗をさせてそこからストーリーを発展させるかの方向で、考えてみようと思います。ご指導、本当にありがとうございました。

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 被害者の顔に赤い塗料、または血がべったりと塗られていたというのはとても素晴らしいと思いました。これをうまく鬼の民話や、「日本の鬼」と呼ばれた中国での日本軍の行いと絡められるように考えてみます。
 また、赤く塗られた被害者の顔から中村刑事が京劇を連想し、そこから漢詩見立てではという発想を得るというアイディアも浮かびました。そうなると赤く塗られるのは、第三の被害者あたりがいいかなと思いますが、先生はどうお考えになられるでしょうか。

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 第三の殺人後、秋島重治と長澤平吉が死にます。この部分を、ご質問くださいました足の切断をメインにまとめてみました。
 秋島重治はずっと以前から右足の膝下部分を戦争で失ったと偽っていました。これはターゲットたちを油断させるためと、右足が義足ではできないようなやり方でターゲットたちを殺すことで、捜査圏外へと逃れるためです。そのため普段は義足を使っているように見せかけます。
 一方の長澤平吉は15年ほど前、ある病気から右足膝部分を都内の病院で切断し、以後義足での生活を余儀なくされていました。この病気は今でこそ治療法も確立され完治もしますが、昭和58年当時は遺伝によるものと誤解されていましたので、娘の香織に類が及ぶことを恐れた平吉は、世間に対して義足であることを隠し続けます。そのため平吉は人付き合いを避けるようになり、外出もほとんどしなくなります。
 ただ、娘の香織は父が義足であることを英信にだけは打ち明けていました。そして平吉も重治には義足の事を話していました。そのため平吉が義足であるのを知っているのは、本人と娘の香織、重治、そして英信だけということになります。
 岡部菊一郎ら三人を殺害した後、重治は平吉を岩畳に呼び出します。そして三人を娘のひどい殺され方に見立てて殺していったことや、そのため義足と偽りながらずっと機会をうかがっていたことなどを話した後、平吉に襲いかかります。
 しかし平吉は戦争時代の自分の行いをとても悔やんでいて、もうこれ以上重治に罪を重ねてほしくないと思い、自分は自殺をするから殺さなくても大丈夫だといいます。やがて二人はもみ合いとなり、珍しく深夜に出かける父を不審に思い後をつけきた香織がそれを見て止めに入り、その拍子に重治が転倒、頭を強く打って死んでしまいます。
 重治が義足ではなかったことに驚いた平吉は、その死体を目の当たりにして、とっさに重治の右足を盗んで自分のものに見せかけて自殺をしようと決意し、娘の香織を家に返します。
 重治は平吉を殺すために斧を持っていました。ひとりになった平吉はその斧で重治の右足膝部分を切断します。そして、自分の義足を外すとそれに重治の靴を履かせ、重治の死体の近くに転がしておきます。これは義足を重治のものであるかのように見せかけるためです。
 その後、平吉は杖をつきながら、重治の足を抱えて近くの船着場へ向かいます。
 途中、屋台から発電機用のガソリンを盗んだ平吉は、船着場に繋がれているライン下り用の船に乗り込み、少し下流のめったに人がこない場所で船を停めます。そして盗んだ重治の右足を自分のものであるかのように、右足腿の近くに置くと、船と自らにガソリンをかけ、自分の左足膝部分を切断、さらに割腹をして自分の腸を引きずり出した後、火を放って自殺をします。
 左足を切断したのは、右足だけが切れているのをカモフラージュするためで、また割腹したのは、ある本に載っていた一枚の写真(それは腸をつかみ出されて殺された中国人女性の横で、着剣された小銃を手に誇らしげに笑う平吉が写っているというものでした)の女性と同じ苦しみを味わおうとしたためでした。
 船に火をつけたのは重治の娘の殺され方に見立てるためと、自分の体が燃えてしまえば、右足が重治のものであることを隠せると考えたからです。
 さて、家に帰った由紀子はいてもたってもいられず、英信に相談します。英信はすぐに由紀子を迎えに行くと、ふたりで岩畳へ向かいます。そしてそこで右足を切断された重治の死体と、近くに転がる平吉の義足を発見します。平吉の姿はどこにもありません。
 重治の足を切断したのは、それを自分の足に見せかけて自殺をするためではないかと考えた英信は、深夜ということもあり、とりあえず由紀子を家まで送ると、その後は一人で平吉を探します。
 やがて英信は岸辺で燃えている平吉の死体を発見します。英信の考えた通り、平吉は盗んだ右足を自分のものに見せかけるため、焼身自殺を遂げていたのです。しかし、そんなことをしても検死が行なわれば、右足が重治のものであることなど、すぐにわかってしまいます。そこで英信は平吉の左足と、平吉が盗んだ重治の右足に重石をつけると川に沈めます。
 この部分、前回ご提案申し上げたものでは、足はそのまま発見されるとなっていましたが、それですと、すぐに足が重治のものだと判明してしまいますので、変えてみました。また、足に重石をつけて川に沈めてもすぐに発見されてしまう可能性もあるため、足の処理方法につきましては、下記の重治の腿部分の処理と合わせ、引き続き考えようと思います。
 その後英信は岩畳へ戻り、重治の右足腿部分を切断します。英信は重治の復讐がすべて終わった段階で、祖父である重治を殺して自分が身代わりになろうと考えていました。これは英信の中にも岡部たちに対する殺意があったからです。
 平吉が切断したのは右足膝部分でしたので、これをそのままにしておくと、傷口の新しさから重治が義足ではなかったということがばれてしまう可能性がありました。そうなると一気に重治が疑われます。それを避けるために英信は腿部分を切断したのです。
 腿部分に重石をつけて川に沈めた英信は、近くの交番から警察官の制服を盗み、一度旅館に戻ると納屋からトラバサミを取り出します。
 その後岩畳へ戻った英信は、重治に警察官の制服を着せます。このとき平吉の義足を重治のものであるかのように見せるため、制服の右足部分に入れておきます。その後、重治の右足付け根部分にトラバサミを挟んで英信は現場を離れます。
 英信は重治の右足が切断された二つの理由をカモフラージュするため、重治の死体を「ばけ狐」という民話に見立てたのです。
 翌朝、なんとも奇妙な死体がふたつ見つかります。
 ひとつは秋島重治のもので、その死体は警察官の制服を着ていて、右足付け根にはトラバサミが挟まっていました。そしてもっとも不思議だったのは、右足の腿から膝部分だけが切り取られていたことです。重治はずっと義足と偽っていましたし、制服の右足部分には重治の靴を履いた義足がありましたので、それをみた人々は義足は重治のものであると誤解し、重治は右足腿部分だけを切り取られたのだと思い込んでしまったのです。
 もうひとつ、長澤平吉の死体も酸鼻極まるものでした。その体は真っ黒に焼け爛れ、割かれた腹からは黒い蛇のような腸があふれ出ていました。そして両足は膝から下で切断されて、どこにも見あたりませんでした。平吉が義足であることは捜査陣の誰も知りませんでしたので、彼らは平吉が両足を切断されたものだと勘違いをしてしまったのです。
 拙い説明で恐縮ですが、足切断のトリックはこのようなものを考えています。先生がお感じになられたように、まだ未熟な部分があるような気がします。ご指導、ご教示下さいますと、とてもありがたいです。私自身も引き続き考えてみようと思います。
 また、読者の方に重治が事実右足を失っているかのように思ってもらうため、一度か二度、重治が車椅子に乗る場面を描写しようかと考えました。重治はズボンの右足ひざ裏側部分に穴をあけ、その穴から右足の膝下部分を出し、右足だけ正座をするような格好で車椅子に乗ります。そのため車椅子に乗っているの時の重治のズボンは、右足膝下部分にだけ足がないため、そこだけひらひらとしていて、本当に右足を失っているかのように見えます。重治はその事を隠すため、寒さを理由に、車椅子に乗るときはつねに腰部分に毛布をかけていました。
という風にです。

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 その後の英信の逮捕から事件が解決するまでの流れは、前回ご提案申し上げた内容をベースに「天に還る舟」の民話をうまく絡めながら構築をしたいと思いますが、先生はどのようにお考えになられますでしょうか。

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 うまくまとまらずに長くなってしまいました。恐縮ではございますが、お目通しを下さり、ご教示頂ければ幸甚でございます。
 「天に還る舟」という民話の内容と、第三の殺人トリックについては引き続き考えようと思います。それと並行して鬼に関する秩父の伝説についても調べた上で、またご連絡申し上げます。
 今回はお忙しい中、本当にありがとうございました。