南雲堂刊、『天に還る舟』のできるまで

天に還る舟に関してのやり取りをご紹介します。
>>これを読まれるのは、作品を読まれてからにすることをお勧めします!<<

Vol.008

島田荘司先生。
日本はすっかり秋めいてきました。先生におかれましては益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。昨日はメイルありがとうございました。ご丁寧なご指導ご教示を賜りましたこと、とてもありがたく、深く感謝しています。
 さて、賜りましたお教えをもとに、前回お送り致しましたあらすじを修正してみましたので、ご提案申し上げます。つたないものではございますが、お目通し下さりご教示を賜る事が出来れば幸甚でございます。なお、変更した章は頭に「※」を打ってあります。またご心配下さいました「香織」ですが、「汐織」(あるいは詩織)に変更しようと思います。自分でも気がつかないうちに、先生の御著作に出てきた方の名前が浮かんでしまったようです。お教えくださり、ありがとうございました。
 末筆ながら、ご自愛専一のほど祈りあげます。
 小島正樹拝。
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1.
 昭和58年12月。一年に及んだ「火刑都市」事件を解決した中村刑事は休暇を取り、妻の実家がある秩父市に帰省をしていました。
 ある日、妻の実家が懇意にしている藤堂菊一郎という人物が亡くなったとの知らせが
届き、中村刑事は病弱な妻の代わりとして告別式に出席します。


2.
 告別式で中村刑事は駐在から、死体の様子を詳しく聞きます。死体は秩父鉄道の鉄橋から、小さな舟とともにぶら下がっていました。そして顔には赤い塗料が塗られていたといいます。


3.
 外傷もなく手足なども縛られていないことから、地元署はこれを奇妙な自殺と判断していましたが、中村刑事は腑に落ちないものを感じました。どうにも自殺とは思えないのです。そこで休暇を利用して独自に捜査を開始しようと思います。またこの時、海老原浩一と知り合います。親子ほども年齢の違うふたりは不思議に馬が合い、海老原が事件に興味を示した事などもあり、以後ふたりは行動をともにします。


4.
 告別式で採取した菊一郎の評判は、すこぶる良いものばかりでした。中村刑事は菊一郎に対して好々爺といった印象を抱きます。


5.
 告別式後、中村刑事と海老原は、菊一郎がオーナーを務める旅館「想流亭」を訪ねます。毎年この時期、菊一郎が主宰する戦友慰霊会がこの旅館で開かれており、このときも日中戦争に従軍した者たちが、想流亭に泊まっていたのです。そこで中村刑事は関係者たちから菊一郎が死んだ夜のことを聞きます。


6.
 翌日未明。藤堂菊一郎は自殺ではないとする中村刑事の考えを、証明するかのような事件が起こります。慰霊会の会員であり、想流亭に宿泊していた陣内恭蔵の死体が発見されたのです。死体は荒川に突き出た岩の上で燃やされていました。


7.※
 死体を発見したのは、この町に住むひとりの老人でした。彼は半年ほど前からほとんど毎朝この河原にきては、鳥たちに餌をやるのを日課としていました。
 朝五時。まだ辺りが薄暗いころ、いつものように河原に降りてきた彼は、岩の上に黒い布のようなものが、かぶさっているのを見つけます。そして、不審に思ってそちらの方へ近づいた時、目の前の岩が突如爆発的に燃え上がったのです。あまりの驚きにその場にへたり込んだ老人は、その時小さな火の玉が岩から天へ昇ってゆくのを見たといいます。


8.
 その後老人は近くの駐在所へ行き、この事を警察官に知らせます。警察官が現場に駆けつけてみると、岩の上の黒い布はほとんど燃えてしまっており、その下には陣内恭蔵の死体がありました。調べてみると岩と死体には多量のガソリンが撒かれていたようです。
 第一発見者の老人はこの日風邪をひいていて鼻を詰まらせていましたので、辺りに漂うガソリンの匂いには気が付かなかったといいます。


9.
 この事件により町は大騒ぎとなり、藤堂菊一郎の死も自殺から他殺へと見方が変わりました。秩父署には捜査本部が置かれ、埼玉県警の捜査第一課からも西宮伊知郎と川島秀仁の二人の刑事が派遣されます。


10.※
 中村刑事は一個人として、海老原を伴い独自に第二の殺人を調べて行きます。しかし不可解な事ばかりが浮かび上がりました。まず燃えた原因ですが、岩や陣内の死体からガソリンは検出されましたが、時限発火装置のようなものはいっさい見つかりませんでした。また老人は火がついた時、辺りに人はいなかったと証言しています。この老人、耳はかなり遠いのですが目はよく、この点は間違いなさそうです。
 ではどうして火がついたのか。自然に発火するような条件はまったくありません。謎を解く鍵はふたつ。被害者の頭部に挟まっていた扇子の燃え残りと、第一発見者の老人が見たという天に昇る小さな火の玉だけです。
 そして、死体が燃やされていた岩から、藤堂の顔に塗られていたのと同じ塗料がわずかではありますが検出されます。陣内の顔は燃えていましたが、この事から藤堂と同じように、陣内の顔も赤く塗られていたと推測されます。(あるいは後日の検死の結果によ
り、陣内の顔にも赤い塗料が塗られていた事が判明します)
 先生がご心配下さいましたように、死体は燃やされていたのに、その顔が塗料で赤く塗られていたのがすぐ分かるのは不自然かと思いましたので、少し変えてみました。先生はどのようにお感じになられるでしょうか。


11.
 なぜ火がついたのか。中村刑事は、海老原とともに聞き込みを続けます。すると陣内の死体が発見された岩の近くに住む老婆が、不思議な話をしてくれました。老婆によると、陣内が死んでいた岩の辺りはもう何年も前から、特に冬場になると夜中に不思議な火の出る事が多いのだそうです。その火は一瞬の間に消え、慌てて岩の近くに行ってみても誰も居ないのだと言います。
 「狐火だよ」と老婆は言い、秩父地方に伝わる狐火に関する民話を中村刑事たちに語って聞かせます。


12.
 中村刑事たちは、老人が死体を発見するより一時間ほど前に、現場を通りかかったという人物に会うことも出来ました。彼は毎朝未明、犬の散歩で必ず岩の近くにかかる橋を渡るのだそうです。辺りが暗いということもあり、その時彼は特に異常を感じなかったといいます。ただ橋を渡りきる直前に、何かがこすれるような音を聞いた気がすると話しました。


13.
 翌日の朝、今度は浅見喬が旅館から姿を消します。警察はすぐに捜索をはじめ、やがて浅見の死体が発見されます。
 浅見が見つかったのは長瀞町のほぼ中央に位置するオートキャンプ場のはずれで、ここは冬期閉鎖中でしたので滅多に人が訪れることもなく、通常なら死体はなかなか見つからないところですが、捜索開始から一時間ほどで発見されました。
これは中村刑事の提案によるもので、彼は第一、第二の殺人とも川沿いで起きている事に気づき、河原付近をまずはじめに調べるよう指示したのです。


14.※
 県警の捜査一課から派遣された西宮という刑事は、この頃から中村刑事に対して冷笑的になり、どちらかといえば非協力的な態度に出る事が多くなります。


15.※
 河原で見つかった浅見の死体もまた、不可解なものでした。この辺りは砂地で、所々に岩が突き出ています。浅見はそのうちのひとつ、小さな自動車ほどの大きさをもつ岩の上で死んでいました。死体は鎖で岩に縛りつけられており、首を切断されています。
 浅見の首は近くの砂地に転がっていました。またもやその顔は赤く塗られています。その横には血にまみれた中国製の鉄刀が砂中に埋まっていました。
 そしてこれが一番不思議だったのですが、遺体はまるで「大きく前ならえ」をするかのように、両腕を対岸に向かって突き出しているのです。その腕には長い鎖が結ばれていました。鎖の先端は川の中に没しています。
 中村刑事と海老原は対岸にまわるとそこの崖に上ってみます。するとそこからは浅見の遺体がよく見えました。遮るものはなにもありません。そして浅見の両腕は、中村刑事と海老原が立つ崖の上にぴったりと向けられていました。また、その崖は近くの木々に遮られて陽があたらないためか、ずいぶんと湿っていました。
 この殺人につきましては、より成功確立を高めるような工夫を、書き始めた後も引き続き考えようと思います。ご教示ありがとうございました。


16.
 浅見殺害に使われた鉄刀は想流亭に飾られていたものでした。かつて藤堂の戦友が大陸で、中国軍により鉄刀で殺されたということがあり、藤堂はその戦友を忘れないため、想流亭に鉄刀を飾っていたのです。


17.※
 浅見の死体が見つかった後、現場付近を調べていた警察は奇妙なものを発見します。浅見を殺した凶器とほとんど同じような形の刀が、近くの大岩の上で見つかったのです。刀は岩の上の土が溜まった部分に突き刺さっていました。
 しかし大岩は絶壁で、ロッククライミングの経験者でなければとても登れません。そして誰かが岩に登ったような形跡は一切ありませんでした。一体誰が何の目的で、そしていかなる方法で絶壁の大岩の上に刀を突き立てたのでしょう。
この事に、県警の西宮たちはそれほどの興味は示しませんでしたが、中村刑事と海老原は気に留めておきます。


18.
 またこの頃、浅見殺害の現場付近で、深夜に小さな光る竜をみたというアヴェックが見つかります。
 県警の西宮はこの話しを一笑に付しますが、中村刑事と海老原はこれは必ず事件に関係があるものだと考えます。


19.
 中村刑事は告別式で岡部菊一郎の奇怪な死に方を聞いて以来、これは尋常な事件ではないとの予感を抱いていましたが、それは的中しました。第二、第三の殺人とも、死体は明らかに何かに見立てられているのです。
 一体何に見立てられているのでしょう。殺された三人に共通するのは日中戦争に従軍した経験を持つ事と、いずれも川付近で殺されている事、そして顔をまるで京劇の役者のように赤く塗られていることです。
 中村刑事は考え続けます。そして浅見が殺害されていた現場に落ちていた、砂に埋もれた斧が、彼に天啓を与えます。漢詩です。あの斧は杜牧の「赤壁」という漢詩に見立てられたものではなかったか。
 中村刑事は絵を愛していた母の影響か画家としての素質を持ち、絵画以外にも広く芸術に精通しています。漢詩も無論知っていて、豪邁といわれる杜牧の作品を、彼は気に入っていました。


20.
 中村刑事は早速秩父市内の図書館へ行き、杜牧の漢詩を調べて行きます。しかし「赤壁」以外、見立てに当てはまりそうな漢詩はありません。漢詩見立てではないのか。中村刑事は落胆しかかりますが、今度は赤壁を詠う漢詩を調べてみます。
 このあたり、海老原は静観をしていますので、中村刑事は一人で漢詩を調べ続けます。


21.
 古戦場として名高い赤壁は著名な詩人が訪れては作品を作っており、調べてゆくと杜牧のほかにも蘇軾や李白が赤壁と題する詩を詠んでいました。蘇軾はふたつ作っていますので、赤壁を詠う漢詩はとりあえず四つある事になります。もちろんほかにも赤壁に関する漢詩はあるでしょうが、誰でもその名を知っているような著名な詩人の作品はこの四つです。
 中村刑事は三つの死体の様子と漢詩を付け合せてゆきます。すると藤堂菊一郎の死が蘇軾の「赤壁の賦」に、陣内恭蔵の死が同じく蘇軾の「赤壁懐古」に、浅見喬の死が杜牧の「赤壁」に合致しました。残る漢詩は李白の「赤壁の歌 送別」のみです。中村刑事はもうひとり、誰かがこの詩に見立てて殺されるのでは思います。


22.
 しかしこの予感は当りませんでした。翌日早朝、二つの死体が発見されるのです。ひとつは秋島重治のもので、その死体は警察官の制服を着ていて、右足付け根にはトラバサミが挟まっていました。そして不思議なことに、右足の腿から膝部分だけが切り取られていました。重治の義足はありましたので、誰かが腿部分だけを持ち去ったことになります。


23.
 もうひとつ、長澤和摩の死体も奇妙なものでした。その体は真っ黒に焼け爛れ、さかれた腹からは黒い蛇のような腸があふれ出ています。そして両足は膝から下で切断されていました。このふたつの死体は今までとは違い、顔は赤く塗られてはいませんでした。


24.
 こうして慰霊会の会員はすべて死んでしまいました。漢詩見立てが間違いであったことに気づいた中村刑事は、海老原とともに聞き込みを繰り返しますが、特に新しい情報を得ることはできません。


25.
行き詰まった二人は図書館へ行き、何かのヒントが得られればと、新聞の地方版を片っ端から調べて行きます。そして数年ほど前に掲載された「現代に蘇った民話」という記事を見つけます。
 そこには新品の斧を何本も拾った男の話が載っていました。これは事件に関係があると直感した二人はその記事を書いた記者を訪ね、斧を拾った男を紹介してもらうと、その男から詳しい話しを聞きます。


26.
 中村刑事と海老原は事件のことを考えます。老婆が見たという狐火、アヴェックが目撃した小さな竜、そして蘇った民話。瞬間、中村刑事はある閃きに包まれます。五つの死体は民話に見立てられたのではないか。顔が赤く塗られていたのは、鬼が出てくる民話に見立てたからではないか。そして二人は何十年も民話の語り部を続けているというこの町の老婆を訪ねます。


27.
 二人は鬼が出てくる民話を話してもらうよう語り部に頼みます。しかし老婆が語ったのは僧がとんちで鬼を退治する民話でした。これは事件とは関係なさそうです。中村は別の鬼の話をせがみます。
 すると老婆は「天に還る舟」という民話を語り始めました。これです。この民話こそ藤堂が見立てられていたものでした。二人はさらに老婆から「じじばば石」、「鎖に繋がれた竜」「ばけ狐」「アメフレフレ」という四つの民話を聞き出します。
 この四つの民話は残り四人の死体の様子と酷似していました。


28.
海老原の友人である涌井英信は、昔から民話や伝説などに興味を抱いていました。英信が事件に関わっている事を確信した二人は想流亭へ急ぎます。しかし二人が行ってみると、英信はすでに警察によって連行された後でした。


29.※
 二人はその足で秩父署へ行き、西宮から事情を聞きます。英信は黙秘を続けているようですが、彼が犯人である事は間違いないため、このまま送検するつもりだと西宮は言います。英信が犯人とは思えない中村刑事は「また一つ冤罪事件を増やしたいのか」と詰め寄りますが、西宮は取り合いません。
※英信が連行された理由としましては、
1、藤堂たちの顔に塗られていた塗料、浅見の首を切断した青龍刀、重治の足に挟まっていたトラバサミなど、想流亭にあったものが犯行に使われている事が多く、特にトラバサミは、最近では狐も滅多に出ないため納屋の奥に仕舞われており、それを知るのは従業員しかいないと考えられる事。
2、英信は秩父地方の伝説に興味を抱いており、五人の被害者は民話に見立てられていた可能性が高いと思われる事。
3、英信が任意で提出した指紋が、脱がされた重治の服から検出された指紋と一致した事。(英信は指紋を残さないよう手袋をして重治と和摩の死体に様々な工作をしたのですが、最初に重治の死体を発見した時、素手のままとっさに抱き起こしてしまったのです。そのため脱がされた重治の服にだけ指紋が残っていました)
などを想定しています。
 あるいは英信の部屋から重治の腿部分が見つかったという風にしようかとも思いましたが、先生はどのようにお考えになられますでしょうか。


30.※
「管轄が違うんでね、ご協力はありがた迷惑なんですよ」と西宮は言い、送検を待って欲しいという中村刑事の申し出を断ります。しかし、中村刑事の粘り強い説得や、相手が警視庁の刑事であるため自分の保身などといったことにも考えが及び、やがて西宮は中村刑事に恩を着せるかのような様子で、一日だけ送検を待つと言います。
 翌日の朝、想流亭で会うことを西宮と約束した中村刑事は、秩父署を後にします。
※西宮の態度を柔らかいものに変えてみました。まだ不十分なようでしたらすぐに修正をと思います。お教えありがとうございました。


31.※
 警察を出た二人は第一の殺人から考えようと思い、藤堂が吊られていた鉄橋へと行きますが、特に手がかりは得られません。
 そのため中村刑事は、川から現場を眺めれば何かが掴めるかも知れないと考え、冬場はやっていないライン下りの船を出してもらうよう、渡辺巡査に頼みます。渡辺巡査は船頭たちと懇意にしていたため、すぐに船の手配をしてくれました。
 ライン下りの船上から、石が結び付けられたロープを発見した中村刑事は、海老原とともに第一の殺人トリックを解明します。
※第一と第二の殺人トリックを見破る場面につきましては、その引き金となる着想をより鮮やかなものにするため、書き始めてからも引き続き考えようと思います。アイディアが浮かび次第、ご提案申し上げます。


32.※
 次は第二の殺人です。中村刑事と海老原は、陣内が殺されていた現場に行きます。実はこの殺人に関しては、海老原はかなり以前からそのトリックに気がついていました。しかしあまりに破天荒な考えだったため、それを中村刑事に言い出せずにいたのです。
 現場を見ながら海老原はトリックを語ります。そして中村刑事はその考えに間違いがないことを確信します。


33※
 第一、第二の殺人トリックはなんとか見破る事が出来ました。まだ誰が犯人かは皆目検討がつきませんが、かなりの前進です。
 続いて中村刑事と海老原は、浅見が殺されていた現場へと向かいます。道すがら、二人は浅見がどうやって殺されたのかを考えます。すると海老原がふいに顔を上げ、いきなり図書館へ行くと言い出しました。中村刑事がわけを尋ねると、海老原は過去の気象情報を得るためだといいます。なぜ天気を、と中村刑事はいぶかしみますが、ここでいったん二人は別れます。
※この時点では海老原は浅見殺しのトリックには気がついていません。ただ、「蘇った民話」の男が見つけたという斧は、浅見殺しのトリックに使おうとした犯人が失敗をして川に流してしまったのではないか。そのため犯人は仕方がなく、青龍刀という珍しくて足がつきやすい刃物を凶器に選んだのではないかとだけ思います。そしてその考えが正しければ、男が斧を拾った日よりも少し前に、斧を下流に流すような台風がこの町を襲ったはずだと考えたのです。


34.※
 一人になった中村刑事は浅見が殺されていた現場に行きます。冬の閉鎖されたオートキャンプ場に人の姿はなく、中村刑事は河原に一人佇みながら、事件のことを考え続けます。
 しばらくすると、近くから鳥の鳴声が聞こえてきました。見ると対岸に、一羽のカラスがとまっています。カラスはちょうど、浅見の死体が発見された時に中村刑事と海老原が登った崖の上にとまっていました。近くにヒナでもいるのでしょうか、そのカラスは中々立ち去ろうとしない中村刑事を警戒しているようです。
 思考を中断された中村刑事は何となく対岸のカラスを眺めていました。やがてカラスは、威嚇をするかのように中村刑事がいる方、ちょうど浅見の死体が置かれていた岩に向かってまっすぐに飛んできます。しかし途中でくるりと身を翻し、刀が刺さっていた大岩の上にとまりました。
 瞬間、中村刑事に天啓が訪れます。
 大岩の上に突き刺さった青龍刀は、今のカラスと同じ軌道を通ったのではないか。犯人は今のカラスと同じように、対岸の崖の上から刃物を滑らせて、浅見を殺害したのではないか。
 下流で見つかった斧、両腕を突き出した死体、絶壁の岩に突き刺さった刀、小さな竜を見たというアヴェック。一見ばらばらに思えるこれらのピースが次々と繋がって行き、中村刑事は第三の殺人トリックを見破ります。
 その時、海老原が戻ってきました。中村刑事と海老原の推測どおり、男が斧を拾った年に荒川は、非常に速度の遅い雨台風により、大増水を起こしていました。
※前回のご提案では、中村刑事は浅見殺しのトリックをただ天啓で見破ったとしていましたが、これを青龍刀と同じ軌道を描いて飛ぶカラスを見て、天啓が閃くとして見ました。そうしてみますとこのトリック解明は後に持ってきたほうがよいかと思い、また第一の殺人から順番に解明して行くほうが自然かなとも考え、32以降順序を変えてみました。先生はどのようにお感じになられるでしょうか。


35.※
 こうして中村刑事と海老原は第三の殺人まで解明します。次は秋島重治と長澤和摩です。二人が死んだ夜、一体何が起きたのでしょう。
 夜が近づいていました。
 近くに長澤の家があることから、中村刑事たちは遅くならないうちにと、娘の汐織を訪ねます。


36.※
 汐織はほとんど喋ろうとはしませんでしたが、英信が明日にでも送検される可能性があると話すとそれに驚き、一つの鍵をふたりに渡します。それは秋島重治と長澤和摩が死んだ後に、英信から預かったのだそうです。それがどこの鍵なのか英信は話しませんでしたが、とても大切なものだと言っていたといいます。
 二人は汐織から鍵を受け取ります。それはどこかの家の鍵のようです。
 この鍵は重治が偽名で借りた家のもので、重治の死体から服を脱がせて警察官の制服を着させようとした時、英信が重治のズボンのポケットから見つけて、取っておいたものです。


37.※
 鍵を手に二人は、一軒一軒不動産屋を当たります。しかし鍵に見覚えがあるという話には行き当たりません。時間ばかりが過ぎて行きます。
 やがて、とうとう二人はその鍵のことを知っている不動産屋にたどり着きます。これは近くの借家の鍵で、昨年賃貸契約を結んだ老人に貸し与えたものだといいます。中村刑事は家を借りた老人の容貌などを不動産屋に聞きますが、一年も前の事なので覚えていないようです。
 真夜中に起こされて不機嫌な不動産屋に案内された二人は、持っていた鍵を使って老人が借りたという借家の中に入ります。するとそこには今回の事件で使われた鎖やロープの残りがありました。氷の塊を作るためなのか、冷凍庫も置かれています。しかし重治と和摩がどうして死んだのか、それを解く鍵になるようなものは見つかりませんでした。
 中村刑事と海老原は、もう一度、第一から第三までの殺人を思い出します。分からないのは、犯人はなぜ、こうして借家を借りてまで、あれほど大掛かりな仕掛けで藤堂たちを殺さなければならなかったのかという事です。それをたどれば、重治と和摩がどうやって殺されたのかも分かるような気がします。
 藤堂を殺す時、犯人は死体と舟をわざわざ鉄橋の上から吊り下げました。
 陣内を殺す時、犯人は死体を川の中に突き出ている岩の上まで運びました。
 浅見を殺す時、犯人は鎖の先端が埋めこまれた氷の塊を担いで、崖を登りました。
 犯人は重治の腿を、そして和摩の両足を切断しました。そう考えるとこの犯人は、中々の体力の持ち主のようです。見ると体力をつけるためでしょうか、土間には登山靴も置かれています。
 その靴を何となく眺めながら、中村刑事は考えます。これは女性や子供、あるいは重治のように体の不自由な人による犯行ではないなと。
 その時、中村刑事は自分の考えに違和感を持ちます。
 重治は本当に義足だったのであろうか。
今まで何気なく見過ごしてきましたが、これは調べる必要があります。もしあの義足が重治のものでなければ、またひとつ解決へと近づくはずです。幸い重治の義足は他の証拠品と共に秩父署にあります。中村刑事と海老原は署へと急ぎました。
※先生がお教えくださいました「義足では絶対に行なえない何らかの装置」に付きましては、とりあえず登山靴として見ましたが、もっと象徴的な、普段の生活にさりげなく登場していて、それでいて義足では絶対に出来ないような、読者の方が「あっ」と思われるものを見つけようと思います。書き始めてからも平行して考え、浮かびましたらご提案申し上げようと思いますが、よろしいでしょうか。


38※
 秩父署についた二人は義足を丹念に調べます。すると裏側のごく目立たないところにK.Nとイニシャルが打たれていました。
 もしこの義足が重治のものなら、そのイニシャルはS.Aでなければなりません。やはりこの義足は重治のものではなかったのです。ではだれの物か。事件の関係者の中でこのイニシャルをもつ者は長澤和摩だけです。
 これはすぐに調べなくてはなりません。実は立て続けに奇妙な死体が五つも出たため検死が追いつかず、重治と和摩の死体は警視庁の霊安室に冷凍したまま置かれているのです。しかし中村刑事たちにそれを確認している時間はありません。そのため中村刑事は捜査一課に連絡を取ります。幸い吉敷竹史刑事が宿直として署に残っていました。中村刑事は吉敷竹史刑事に、簡単に事情を話すと、長澤和摩の足が誰のものであるのか、至急確認をしてもらうよう頼みます。吉敷刑事は快諾しすぐに動いてくれました。


39.※
 やがて吉敷竹史刑事から秩父署へ中村刑事宛てに電話がありました。やはり長澤和摩のものと思われていた右足は、秋島重治のものでした。


40※
 もう夜明けが近づいています。貸家に戻った中村刑事と海老原は推理を続けます。
そして考えに考えた末、ついに真実へとたどり着きます。また、この時重治の手記も見つけ、動機も判明します。
※真犯人の名や、事件の詳しい内容、そして事件の背景とその動機につきましては、42以降で中村刑事と海老原が関係者を前に解明して行きますので、41では事件の詳しい内容には触れず、二人が一睡もしないで推理を重ね、真相に辿り着いた事のみ描写しようと思いますが、先生はどのようにお考えになられますでしょうか。


41.※
約束の時間。二人が想流亭へ行くと西宮はもう来ていました。汐織たち従業員の姿も見えます。
 そこで中村刑事と海老原は、重治が三人を殺した事、重治が義足と偽っていた事、和摩が義足であるのを隠していた事、和摩を殺そうとした重治が何らかのアクシデントで死んだ事、その後和摩が自殺をした事、それを見つけた英信がまるでパズルのようなやり方で、二人の足を取り替えた事、そして英信が、重治の腿の切断をカモフラージュするため、腿にトラバサミを挟んだ事、さらにトラバサミをカモフラージュするため、重治の死体に警察官の制服を着せて「ばけ狐」に見立て、今回の事件が民話に見立てた五つの連続殺人事件であるかのように偽装した事などを話します。


42.
 なぜ、重治は藤堂菊一郎らを殺したのでしょうか。ここは重治の手記を中心に日中戦争と日本兵の残虐、そして、帰国後の重治が藤堂菊一郎を探し当て、他のターゲットたちを想流亭に集めるように仕向けたこと、集まったターゲットたちを娘の無残な死に方に見立てて殺していったことなどを書こうと考えています。
 また手記につきましては、最初にお送りさせていただきましたものよりかなり長く書き直そうと思います。(最初にお送りさせていただいたものは400字詰め原稿用紙にして18枚程度でしたので少なくともその数倍程度)


43.※
 その後、汐織と英信の証言から、二人の推理が正しかった事が分かります。またなぜ和摩は腸を引きずり出して死んだのか、英信はなぜ重治を助けるような行動を取ったのか、などの理由も明かされます。


44.
 こうして事件は解決しました。しかし真相に行き当たった中村刑事は、どこか空しさのようなものを感じていました。殺されていった藤堂菊一郎たちもまた、戦争が生み出した狂気の、一被害者であったように思えたからです。
 中村刑事はそれからしばらく、孫の写真を見せ合っては楽しそうに語らう浅見喬や陣内恭蔵の姿を忘れる事ができませんでした。


45.
 翌年6月。海老原と英信、汐織の三人は警視庁に中村刑事を訪ねます。死体の足を切断した英信に執行猶予がついたので、そのお礼です。英信はこれより少し前に祖父の苗字を継ぎ、秋島英信となっていました。
 混血のファッションモデルのような、髪の長い鼻筋の良く通った男性刑事に案内された三人は、会議室のような場所に通され、久しぶりに中村刑事と再会します。中村刑事は相変わらずベレー帽を被っていました。
 三人は近況を報告します。英信は汐織との結婚を決めていて、結婚後も二人で長瀞町に住み、祖父たちの墓を守って行きたいといいます。海老原は相変わらず、晴耕雨読の生活を続けているようです。
 三人は中村刑事と吉敷竹史刑事にお礼を言うと警視庁を後にしました。


46.
 三人が帰ったあと、中村刑事はふいに「天に還る舟」の民話を思い出します。民話に出てくる鬼は、神に姿を変えて天へと還っていった。それはまるで藤堂たち五人の事ではないか。死ぬ前に見せた彼らの好々爺然とした顔は、まるで神のようではなかったか。本当に悪い人間などそういるものではない。
 鬼に殺された人たちは生き返ったが、重治たちや、あるいは彼らが殺した中国の人たちは二度と生き返る事はない。しかし彼らの子孫である英信と香織はやがて新しい生命を宿し、それを懸命に育んで行くのであろう。
 その新しい命のためにも、我々は人を鬼に変えてしまうような状況を二度と作らないよう努力を怠ってはならない。そう考えた中村刑事は、自分の中でようやくこの事件が解決したことを知ります。

 ここまでまとめてみました。つたないもので大変恐縮ですが、ご指導ご教示のほど、何卒お願い申し上げます。