南雲堂刊、『天に還る舟』のできるまで

天に還る舟に関してのやり取りをご紹介します。
>>これを読まれるのは、作品を読まれてからにすることをお勧めします!<<

Vol.002

小島さん、

 名古屋オフはいかがだったでしょうか。楽しめましたか?
 さて、作品に関して、メイルいただきました。ありがとうございました。今岩波先生の作品も手直しのアドヴァイスをやっています。2つ並行しているので、ちょっと細部、奥深くまで入れていない状況ですが、あなたの作品に関しては、ずっと考えています。こちらに作品を持って帰っています。

 直しにかかってもらう前に、いくつか提案や、考えてもらいたいことがあります。
私の心積もりとしては、全体の展開や構成に関して、私の方で、できれば実働までに、細部に渡ってまで細かく、できる限りを申し上げ、あなたの意見も聞き、これらを加味した了解の上で、あなたに改稿をしてもらいたいと思っています。
 それから、書きあがったこのデータをもらい、私の方で最初から最後まで、ローラー的に全体を加筆修正していきたいと思っています。無理とは思いますが、この段階ではもう私が付け加える場面とか事件とかはナシにして、私は文章や、セリフの手直しだけにできれば、必ず傑作ができると思います。
 まず今回は、こうした方がよいと思う、大きな改造点について言いますので、そちらもさらに意見を言ってみてください。

 タイトルを、「天を行く舟」、もしくはこのような意味のものにしてしまう。

 中国で岡部たちに殺される秋島の妻子も、舟を使った殺され方、もしくは死体が舟のそばで出る。
 現状では、秩父での見たて殺人が、定型に依存して、やや唐突な印象があります。
ゲーム型本格になじんでいない人が、リアリティを欠くとか、馬鹿馬鹿しいとか言いたがる理由になります。中国での妻子殺しが、偶然か悪質ないたずらか、たまたま見立てに近いものになっていれば、秩父の見たて復讐にも、必然性が出ると思います。
 そうなると、秩父民話の方にも、「天に戻る舟」といった話が必要になるかと思います。

 ガード下に吊り下げられた舟の上で首吊りをした男ですが、これは一見自殺にも見えるように、手は縛らない方がよいと思います。そして奇妙な自殺と思われ、調べられると、次第に他殺と判明していくという方が事件の奥行きや、スリルのあるストーリーが出るでしょう。
 むろん目を覚まされたら危険だということはあります。しかしそうなら、声も出せないようにしておく方がよさそうです。足も縛った方がいいとなり、これはたまたま計画がうまく行ったということでいいでしょう。

 南雲さんの要請なのですが、本が売れない昨今なので、なんとか島田作品のキャラクターを使ってもらえないかということを、彼が強く言っています。これはしかたのないところかもしれませんが、御手洗や、吉敷はかなり有名なので、あなたのためには使わない方がよいと思います。出せば、すっかり御手洗ものになってしまう危険があります。
 そうなら中村刑事くらいが、あまり知られていないので、あなたの創作世界を邪魔しないのではと思いました。
 事件が昭和58年はよい設定と思います。でないと登場人物がみんな90才近くになってしまいますので。この時代設定なら、中村も出せます。そして海老原を今後シリーズ的に動かすにしても、ここで中村に出会って、いろいろ本職の方法を教わっておくのも、将来のためにはよいのではと思います。その後、彼が自立し、1人で事件を捜査、探偵するようになるということですね。
 海老原を、今から頑張ってエキセントリックな性格に改造するという発想は、通常は成功しないものです。最初からそのように発想し、そういう動きが脳裏に見えている人、でないとうまくないですよ。しかし、どうしてもということなら、これはやってみてかまわないと思います。
 中村は、警視庁の継続捜査班(通称迷宮課、迷宮入り直前の事件ばかり捜査している)の刑事で、彼の病弱な妻が秩父の出身で、休暇中に妻の実家に帰っており、そこで事件に遭遇して捜査にかかわるというところかと思います。
 中尾彬さんが、中村刑事をテレビでやりたがってくださっています。そこで小島さんの作品を、もしかしたら中村も出るものにするかも、とメイルで言いましたら、小島さんはとても気を使われる人ですね、ということを返信してくれました。期待していると言っていました。これがテレビ化になれば、あなたにとってもプラスではと思いました。
 事件は中村1人に解決させる必要はありません。海老原と2人、対等に接し、行動して解決するというかたちがいいでしょう。そうなら、海老原も有名になれるでしょう。しかしこの辺は、なかなか悩まされるところでしょうね。ちょっと考えてみてください。

 あと細かいところで、夜ならともかく朝、犬が散歩中に糸を切るというのは無理と思います。無理というのは、意地悪読者に文句とか、嘲笑を言わせないのが無理ということです。切ることもあるでしょうが、買主が気づく確率の方が90%と思います。自転車なら、急いでいれば踏むかもしれませんね。

 とりあえずこれで出します。あなたの返信を読んでさらに言います。もし可能と考えるなら、上の条件を踏まえて、またあらすじを煮詰めてもらえないでしょうか。それを読んで、私の方でまた発展させます。また反論あれば、言って下さい。
 では、検討をよろしくお願いします。

島田荘司。