南雲堂刊、『天に還る舟』のできるまで

天に還る舟に関してのやり取りをご紹介します。
>>これを読まれるのは、作品を読まれてからにすることをお勧めします!<<

Vol.005

小島さん、

 島田荘司です。メイル受け取っています。南雲さんが待っているでしょうから、早く実働に入れるよう、急ぎたいものですね。あともう少しです。この企画が成功するか否かは、この作品にかかっています。
 以下で、ご質問にお答えします。特に触れていないものは、小島さんの考えに賛成ということです。

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> 第三の殺人につきましては、先生がおっしゃるように、より完璧に殺傷できるような「首跳ね装置」を考案するか、あるいは失敗をさせてそこからストーリーを発展させるかの方向で、考えてみようと思います。ご指導、本当にありがとうございました。

 これは重大な部分です。是非そのようにしてください。思いついたらメイルください。

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> 被害者の顔に赤い塗料、または血がべったりと塗られていたというのはとても素晴らしいと思いました。これをうまく鬼の民話や、「日本の鬼」と呼ばれた中国での日本軍の行いと絡められるように考えてみます。
 また、赤く塗られた被害者の顔から中村刑事が京劇を連想し、そこから漢詩見立てではという発想を得るというアイディアも浮かびました。そうなると赤く塗られるのは、第三の被害者あたりがいいかなと思いますが、先生はどうお考えになられるでしょうか。

 いや、これはあきらかに、最初の被害者から顔が赤く塗られているという方がインパクトがあります。小出しにはしない方がいいです。必要なら、両方赤くてもよいのではないでしょうか。犠牲者はすべて顔が赤くてもいいです。最初は顔料、第3の被害者の場合は血、としてもいいのではないでしょうか。しかしこの顔料は分析されるでしょうね。
 いずれにしてもこれは、これから作る民話の内容にかかりますね。是非第1の被害者から顔も赤い、ということにして、これを導ける形に民話を作ってみてください。

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> 第三の殺人後、秋島重治と長澤平吉が死にます。この部分を、ご質問くださいました足の切断をメインにまとめてみました。

 この切断された足の問題は、大変面白い、この小説のパズル的な要素です。この謎かけの要素を、もっと物語りの前面に出しても通りますね。

>@、秋島重治はずっと以前から右足の膝下部分を戦争で失ったと偽っていました。これはターゲットたちを油断させるためと、右足が義足ではできないようなやり方でターゲットたちを殺すことで、捜査圏外へと逃れるためです。そのため普段は義足を使っているように見せかけます。

 これはよいアイデアです。是非本文中でも、この点を強調して、秋島をいったん警察の嫌疑の外に出して見せる部分を作ってください。

>A、一方の長澤平吉は15年ほど前、ある病気から右足膝部分を都内の病院で切断し、以後義足での生活を余儀なくされていました。この病気は今でこそ治療法も確立され完治もしますが、昭和58年当時は遺伝によるものと誤解されていましたので、娘の香織に類が及ぶことを恐れた平吉は、世間に対して義足であることを隠し続けます。そのため平吉は人付き合いを避けるようになり、外出もほとんどしなくなります。
 ただ、娘の香織は父が義足であることを英信にだけは打ち明けていました。そして平吉も重治には義足の事を話していました。そのため平吉が義足であるのを知っているのは、本人と娘の香織、重治、そして英信だけということになります。

 これもよいですね。

>B、岡部菊一郎ら三人を殺害した後、重治は平吉を岩畳に呼び出します。そして三人を娘のひどい殺され方に見立てて殺していったことや、そのため義足と偽りながらずっと機会をうかがっていたことなどを話した後、平吉に襲いかかります。
 しかし平吉は、戦争時代の自分の行いをとても悔やんでいて、もうこれ以上重治に罪を重ねて欲しくないと思い、自分は自殺をするから殺さなくても大丈夫だと言います。やがて二人はもみ合いとなり、珍しく深夜に出かける父を不審に思い、後をつけきた香織がそれを見て止めに入り、その拍子に重治が転倒、頭を強く打って死んでしまいます。
 重治が義足ではなかったことに驚いた平吉は、その死体を目の当たりにして、とっさに重治の右足を盗んで自分のものに見せかけて自殺をしようと決意し、娘の香織を家に返します。

 ここもよい考えですが、すると香織は真相を知っていることになりますね。また続く事態を、推測できる立場になります。探偵よりも、彼女が先に裏面の真相を知るかたちになりそうです。
 また言われて彼女が、おとなしく家に帰るでしょうか。帰るふりをしても、跡をつけるなとしそうです。ここは、先での特別な意図があるなら別ですが、彼女はからめない方が無難です。

>C、重治は平吉を殺すために斧を持っていました。1人になった平吉は、その斧で重治の「右足膝部分」を切断します。そして自分の義足を外すと、それに重治の靴を履かせ、重治の死体の近くに転がしておきます。これは義足を重治のものであるかのように見せかけるためです。その後、平吉は杖をつきながら、重治の足を抱えて近くの船着場へ向かいます。

 これも、とてもよいアイデアですが、続く事態をあれこれ考えた結果、私は平吉が重治の足を切断しない方がいいと判断します。ここは平吉は、自分が切腹自殺だけするつもりで、斧もその場に捨て置き、場を離れて自分の死に場所に向かうのがいいです。

>D、途中、屋台から発電機用のガソリンを盗んだ平吉は、船着場に繋がれているライン下り用の船に乗り込み、少し下流の、人が滅多にこない場所で船を停めます。そして盗んだ重治の右足を、自分のものであるかのように右足腿の近くに置くと、船と自らにガソリンをかけ、自分の左足膝部分を切断、さらに割腹をして自分の腸を引きずり出した後、火を放って自殺をします。

 これが大いに問題ですね。読者はここに至ると、いかに強い意志があろうと、常人にはちょっとここまでのことはできないと感じることでしょう。ここは、この通りに決行させるなら、通常薬の手助けが要るでしょうね。覚醒剤を打っても、ちょっとむずかしいでしょう。しかし平吉が医者なら、麻酔薬を持っていることでしょう。部分麻酔をしておけば、このようなとてつもないことも可能でしょうね。
 しかしやはりここは、切腹し、腸だけを掴んで引きずり出した。1人ひどい苦悶の挙句、死んだ。それだけがビリーヴァブルでよいと判断します。老人に、あまり過度の体力的負担はかけない方がよいと思います。読者がしらけて、ついてこなくなります。

>E、左足を切断したのは、右足だけが切れているのをカモフラージュするためで、また割腹したのは、ある本に載っていた一枚の写真(それは腸をつかみ出されて殺された中国人女性の横で、着剣された小銃を手に誇らしげに笑う平吉が写っているというものでした)の女性と同じ苦しみを味わおうとしたためでした。船に火をつけたのは重治の娘の殺され方に見立てるためと、自分の体が燃えてしまえば、右足が重治のものであることを隠せると考えたからです。

 ここも問題ですね。平吉が両足を切断までする必要がはたしてあるかどうか。その理由をうまく作れるかということです。民話にそんなものがある、あるいは両足が切れる何かの要素が近くにある、ということならカモフラージュになり得ます。そうでないなら、片足が切れているというだけでも、充分に面白い謎です。もしもうまい理由が作れないなら、足の切断と切腹、両方にはしない方がいいでしょう。話が嘘っぽくなります。
 とにかく私は、ここは平吉がただ死んでいるだけ、足の切断もなく、燃えてもいなかったとするのがよいと判断します。
 
>F、さて、家に帰った由紀子(←香織ですね?)は、いてもたってもいられず、英信に相談します。英信はすぐに由紀子を迎えに行くと、ふたりで岩畳へ向かいます。そして、そこで右足を切断された重治の死体と、近くに転がる平吉の義足を発見します。平吉の姿はどこにもありません。

 ここも問題です。まず香織はいない方が安全です(真相解明時、彼女に何かさせるつもりなら別ですが)。何らかの方法で、あるいは偶然、英信が1人で気づいたとする。
 英信は、まず重治、続いて平吉の死体を発見します。そして重治のそばに落ちている斧から、事態カムフラージユのための、2人の足の切断を思いつきます。
 犯人に、深夜とはいえ、何度も現場に行かせるのは危険です。実際にはこんなことはできないものです。警官の制服を着せたいなら、この瞬間、彼は夜の道を飛ぶように走って自宅に戻り、すでに盗んでいた警官の制服とトラパサミ、カラのポリタンクと吸引の小型のポンプ、などを取ってきます(ところで、トラパサミの必要性というのは何故でしたっけ?)。
 まず平吉の足から義足をはずし、これを持って重治のところに戻り、重地の右足を「腿」で切断、替わりに平吉の義足を置いて、これに重地の靴を履かせておきます。
そして、警官の制服を着せて、トラバサミをはさむ。ともかく1回の工作で、これをすべてすませる。
 それから観光船に寄ってガソリンを盗み、ポリタンクに入れ、これを持って平吉のところに戻り、重治の右足をここでさらに「膝下」で切断、平吉の右足と付けて置く。平吉の左足も「膝下」で切断、これもそばに置く。そしてそれらすべてにガソリンをかけ、火を付ける。
 ただしこういう形態なら、ガソリンでなく、家庭に普通にあるストーヴ用の灯油でも充分ことは足ります。灯油はじわじわ燃えるので、これで死ぬのは大変ですが、死んだ人を焼くのならば、灯油で充分です。
 そして重治の右膝部分は、発見されることを恐れ、英信は付近には投棄せず、自宅に持ちかえります。
 このようにして、二人死体は、ただ第三者→田舎警察、に発見させる方が謎が深まります。凡人なら、また田舎警察なら、この状況は格別疑問には思わず、ただ英信のしかけた意図通りに理解するでしょう。そして、田舎警察のことだから、厳密な検死は行われないとしてもいいです。これが田園ミステリーの強みです。死体は霊安室に保存しておき、おかしいぞ、となってから、ようやく調べにかかってもいいです。
 死体は、付近の大きな警察署の地下の霊安室に冷凍して置かれている、ということにします。あるいは、桜田門にしかこれがないことにしてもいいですね。謎解きは、後で一挙にという形にします。

>G、やがて英信は、岸辺で燃えている平吉の死体を発見します。英信の考えた通り、平吉は盗んだ右足を自分のものに見せかけるため、焼身自殺を遂げていたのです。しかし、そんなことをしても検死が行なわれば、右足が重治のものであることなど、すぐにわかってしまいます。そこで英信は、平吉の左足と、平吉が盗んだ重治の右足に重石をつけると川に沈めます。

 その必要はないです。英信は上記のようにしておき、田舎警察に発見させましょう。手抜かりの多い田舎警察は、これらのパーツが各々別人のものかと睨んでの厳密な検死、分析は、しばらく行いません。ここはただ、どうして平吉の片足(もしくは両足)が切断されているのか、だけを警察に思案、推理させます。

>※この部分、前回ご提案申し上げたものでは、足はそのまま発見されるとなっていましたが、それですと、すぐに足が重治のものだと判明してしまいますので、変えてみました。また、足に重石をつけて川に沈めてもすぐに発見されてしまう可能性もあるため、足の処理方法につきましては、下記の重治の腿部分の処理と合わせ、引き続き考えようと思います。

 その必要はないです。これは考えすぎというものです。これはいわば牧歌的な田園ミステリーですから、そこまでややこしくはしない方が、読者は楽しく読めます。

>H、その後英信は岩畳へ戻り、重治の右足腿部分を切断します。英信は重治の復讐がすべて終わった段階で、祖父である重治を殺して、自分が身代わりになろうと考えていました。

 これは自分が犯人になってやろうという意味でしょうか? 重治を殺してまで?
 これは、ちょっとよくないですね。犯人は徹頭徹尾、自身は嫌疑を逃れようとして行動すべきです。そうでないなら、よほどそうしたくない、説得力のある理由を用意しなくてはなりません。ここは英信が、必要な時が来たら、自分が重治を助けてやろうと決意していた、くらいでいいと思います。
 
>I、これは英信の中にも岡部たちに対する殺意があったからです。平吉が切断したのは右足膝部分でしたので、これをそのままにしておくと、傷口の新しさから重治が義足ではなかったということがばれてしまう可能性がありました。そうなると一気に重治が疑われます。それを避けるために、英信は腿部分を切断したのです。腿部分に重石をつけて川に沈めた英信は、近くの交番から警察官の制服を盗み、一度旅館に戻ると納屋からトラバサミを取り出します。

 英信にこれをやらせるつもりなら、重冶にあんなに苦労させる必要はなかったわけです。考えすぎて、事態がいたずらにややこしくなっています。

>J、岩畳へ戻った英信は、重治に警察官の制服を着せます。このとき平吉の義足を重治のものであるかのように見せるため、制服の右足部分に入れておきます。その後、重治の右足付け根部分にトラバサミを挟んで英信は現場を離れます。英信は重治の右足が切断された二つの理由をカモフラージュするため、重治の死体を「ばけ狐」という民話に見立てたのです。

 これはいいと思います。

>K、翌朝、なんとも奇妙な死体がふたつ見つかります。ひとつは秋島重治のもので、その死体は警察官の制服を着ていて、右足付け根にはトラバサミが挟まっていました。そしてもっとも不思議だったのは、右足の腿から膝部分だけが切り取られていたことです。重治はずっと義足と偽っていましたし、制服の右足部分には重治の靴を履いた義足がありましたので、それをみた人々は義足は重治のものであると誤解し、重治は右足腿部分だけを切り取られたのだと思い込んでしまったのです。

 これもそういうことでいいですね。

>L、もうひとつ、長澤平吉の死体も酸鼻極まるものでした。その体は真っ黒に焼け爛れ、割かれた腹からは黒い蛇のような腸があふれ出ていました。そして両足は膝から下で切断されて、どこにも見あたりませんでした。平吉が義足であることは捜査陣の誰も知りませんでしたので、彼らは平吉が両足を切断されたものだと勘違いをしてしまったのです。

 これでいいです。両足が健常であった平吉が、何故両足を切断される必要があったのか、これも民話の見立てがいいでしょうね。こういうストーリーを、何か構想してみてください。

>※ また、読者に重治が事実右足を失っているかのように思ってもらうため、一度か二度、重治が車椅子に乗る場面を描写しようかと考えました。重治はズボンの右足膝裏側部分に穴をあけ、その穴から右足の膝下部分を出し、右足だけ正座をするような格好で車椅子に乗ります。そのため車椅子に乗っているの時の重治のズボンは、右足膝下部分にだけ足がないため、そこだけひらひらとしていて、本当に右足を失っているかのように見えます。重治はそのことを隠すため、寒さを理由に、車椅子に乗るときは常に腰部分に毛布をかけていました。という風にです。

 これは大変よいアイデアです。是非やりましょう。

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> その後の英信の逮捕から事件が解決するまでの流れは、前回ご提案申し上げた内容をベースに「天に還る舟」の民話をうまく絡めながら構築をしたいと思いますが、先生はどのようにお考えになられますでしょうか。

 おおむねそれでよいですが、英信の逮捕は、ラストがいいです。

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> うまくまとまらずに長くなってしまいました。恐縮ではございますが、お目通しを下さり、ご教示頂ければ幸甚でございます。

 「天に還る舟」という民話の内容と、第三の殺人トリックについては引き続き考えようと思います。それと並行して鬼に関する秩父の伝説についても調べた上で、またご連絡申し上げます。

 これは是非そのようにお願いします。

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島田荘司。