「本格ミステリー小説」とは、物語の前段階に魅力的な謎が現れ、物語が進行して結末に 向かうにつれ、それが論理的に解体され、説明されていくという形式を持つ小説のことで す。この解体と説明の際の論理が、一定量以上に高度であるものを、他と区別して 「本 格」と呼びます。
必ずしも殺人事件は必要ではありません(むろんあってもよいです)。殺人をともな う謎が、読み手にとって最も衝撃性が高く、ゆえに最も魅力的に感じられるだけで、殺人 なしでそれに負けない謎が用意できるなら、その小説は新しいといえます。
同様に、孤島も、吹雪の山荘も、館も、密室も、名探偵も、必ずしも必要ではありま せん(あってもかまいません)。それらがあった方が雰囲気が出るし、 「本格としての 論理性」を高度にしやすかったということです。これらなしで高度な論理性を達成できれ ば、その小説は新しいでしょう。
したがって「本格ミステリー」は、実際に起こったふうのリアルな体裁の小説をも含 みます。実際の事件でも、どうしてこのような奇怪な現場が現れたのか不可解だ、という ケースはあり得ますし、犯人の動機が理解不能であったり、存在が見えなかったりもしま す。しかし多くは物語全体を人工的に設計し、構成した小説になります。すなわち「本格 のミステリー」とは、【前段階の謎】→【その解決】、という背骨を必ず持ち、その双方 に驚きを演出する、人工的な【装置】である、ととらえることができます。したがって 「本格ミステリー」創作の才とは、この装置の設計力の高さであり、また歩留まり高く、 多く設計し続ける持続性、ということになります。
「本格ミステリー」が、謎の出現と、その解明時の驚きを誘導する装置なら、こうし た装置の設計力こそが最大の審査対象となります。